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そもそも就業規則が作られるようになったのは、日本の産業が農業や林業から工業にうつる過程において多数の労働者が同じ職場で共同作業をさせられるようになったからです。
当時、企業の内部では職場の秩序や指揮命令などさまざまな問題が発生していました。それらの問題を防ぎ事業を効率的に行うために経営者(使用者)は職場規律を必要としていました。それをまとめて文書化したものがいわゆる「就業規則」です。
また労働条件は、法律の上では労働者と使用者との間で対等決定される建前になっています。しかし、そういっても現実問題として、使用者が多数の労働者一人ひとりと労働条件について交渉するのはとても繁雑なことです。ここでも使用者は事業を円滑に運営するための方策として、職場の労働者の労働条件を統一化・画一化して管理する必要があったのです。そのために労働条件も「就業規則」にいれました。
このように「就業規則」は企業の必要性から生まれてきたものです。故に当時の就業規則は現代のものとは異なり、労働契約における使用者の優位性から一方的に作られたものでした。しかもその内容は使用者にのみ有利につくられるという傾向でした。また、中小零細企業や個人経営では、規則らしいものもなく、もっぱら使用者の一方的な意思によって支配されていました。
1947年労働基準法が制定され、その第9章に就業規則が法制化されました。労働者保護法である労働基準法に就業規則を規定した趣旨は、つぎの2点にあります。
その1つは、就業規則のなかへ労働基準法における労働条件の最低基準を組み入れること。その2つは、職場での労働条件や待遇を明確化することで使用者の恣意的な扱いを排除することです。この2点を実現することにより労働者保護に役立てようというのが法の趣旨です。そのために使用者への就業規則の作成・届出・周知義務を課しています。
しかし、就業規則の法制化には欠点もあります。それは労使対等決定であるはずの労働条件が就業規則をもって一方決定することを認めている点です。このことから就業規則については、わが国の法制が諸外国に比べおくれたものであるといえます。
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